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  • 兎澤直樹

気まぐれ社長コラム No.3「人生の目的とは」

*この記事は弊社ドットコネクトの学生アルバイトに配信している「気まぐれ社長コラム」の内容(2024年1月26日)を抜粋して掲載しております。


先に断っておくが、今日の気まぐれコラムはこれまで以上に長文になる。どうしても伝えておきたいことがあるからご容赦いただきたい。


君たちは「人生の目的」って何か、考えたことがあるだろうか。


言い換えると、「命の意味」のようなものだ。


そんなこと考えなくてもなんとなく生きてはいけるが、これから就職して自分の仕事にどう取り組むか、家族とどう過ごすかを自分らしく選択するためには、自分なりの考えの軸のようなものは持っておいた方がいいと僕は思っている。


この軸がないと、いろんな人がこれからますますSNSなどでいろんな情報を発信するようになるだろうから、いざというときに自分の生き方がブレてしまう、あるいは分からなくなってしまうのだ。


この軸によって、「いかに生きるか」という自分なりの哲学が生まれる。そうすると、周りの人に安易に流されず、自分らしさを貫けるのだ。


兎澤がこれまで会ってきたスゴい人たちは、分野を問わず、みんなこの「哲学」を持っていたように思う。


さて、「人生の目的」や「命の意味」について、巷でよく目にする意見には例えばこのようなものがある。


「幸せになることが人生の目的だ」

「人生そのものを楽しむことが人生の目的だ」

「人生にもともと意味や目的などない」


考え方はいろいろあると思うが、僕にとってはどれもしっくり来なかった。


人それぞれなので間違っているとは思わないが、こんな違和感があったのだ。


なら、「幸せだった」なんて感じることもなく、産まれて間もなく、あるいは産まれることもできずに亡くなってしまった命には何も意味がなかったのだろうか?

特攻隊など、自らの命を犠牲にし、散っていった先人たちは、自分の人生の目的の実現を放棄したことになるのだろうか?

個人的に楽しいからと言って、例えば自分が趣味でサーフィンばかりずっとしてる人生だとしたら、何か人生の意味や大きな喜びを見出せるのだろうか?

楽しむとか幸せになるとか、そういう意識が存在しない植物や生き物の命には意味がないのだろうか?


お金をたくさん持っているかどうかで人生の良し悪しが決まるのだろうか?

だとしたら、例えば駅のトイレ掃除をしてくれている人の人生はどうなのだろうか?

明らかに65歳を超えているのに立ちっぱなしでコンビニやファストフードの店員をしている人を、哀れな人生だと下に見るのは人としてどうなのだろうか?

子どもを育てることに専念して稼ぎがない人は、人生の意味は薄れているのだろうか?


そしてあるとき、僕なりに「人生の目的ってこういうことじゃないだろうか」と考えついたことがある。


それは、「後世に何を遺すことができるか」こそが人生なのではないかということ。つまり、「今の社会をどうより良くして次の世代にバトンを繋ぐことができるか」ということだ。


産まれて間もなく亡くなってしまった命は、そういうことを減らすための医学の発展や社会インフラの整備に寄与するかもしれない。


言い換えると、その死を役立てようにする努力や結果につながれば、その命は無駄ではなくなるのだ。


特攻という作戦を立てた軍司令部は叩かれても仕方がないほど絶望的な作戦だったと思うが、特攻兵たちが出陣の直前に書いた手紙を読むと、みな家族や日本、未来を生きる僕たちのために命を犠牲にしたのだということがよく分かる。


彼らの命を無駄にするかしないかは、後世を生きる僕たち次第なのである。


日本は世界で最も古い国家であるということをみんなは知っているだろうか?

世界一である。ギネス記録にも認定されている。


日本は建国してから何年経つか知っているだろうか?


今年で2684年になる。紀元前660年2月11日がこの国の建国日だ。


ちなみに「中国4000年の歴史」ということを言う人もいるが、中国大陸は常に国家が変わってきた。

現在の中華人民共和国は建国74年である。

アメリカは247年。


世界2位のデンマークも、3位のギリシャも、どちらも1000年くらいなので、日本はダントツなのだ。


そんな日本人として生を受けたからこそ気づきやすい状況に僕らはいる。

人類は常に、後世に何かを繋いでは死んでいく人生を続けてきたのだ。


日本人のパスポートはビザなしで行ける国が世界一だ。

それは僕らが凄いのではない。

僕らの先人たちが世界の国々から信頼されるような行動を繋いできてくれたおかげだ。


僕たちはそのことを知り、感謝し、さらに後世に少しでも良い形にしてこの社会を引き継ぐ責任があるのではないだろうか。


建国してからの歴史が日本より浅いアメリカでは、アメリカンドリームを掴んだ人が成功者とされる。


しかし日本で尊敬される人は、必ずしも大金を手にした人とは限らない。


例えば伊能忠敬なんかはそうだ。

非常に精密な地図を自らの足で歩いて測量しながら作った。

「こんなに精密な地図を作れる国はきっと脅威だ」と、のちの産業革命以降に、帝国主義を押し進めたヨーロッパ諸国からの侵攻を免れたのだ。


人をだまして大金を稼ぎ有名になるよりも、人知れず誰かのために動ける人を僕らは尊敬できる感度を持っている。

これは当たり前のことではない。


だからこそ、東日本大震災で物資不足の中、秩序を当たり前に重んじてコンビニに並ぶ日本人の姿は世界から賞賛を受けたのだ。


小さくても、目立たなくても、後世のお役に立てる仕事を成す。ちょっとでもこの社会を良くして後世に繋ぐ。

それこそが日本人的成功観ではないかと僕は思っている。


誰かのために動くことができる。

これは世界では当たり前ではない、長年の歴史によって培われてきた日本人の精神性だ。


その尺度で見れば、今の政治の腐敗がよく分かるだろう。

コロナ対策、増税、LGBTQ理解増進法と関連外郭団体との癒着、一向に進まない少子化対策、低所得者層へのお金配り、裏金とその責任逃れ・・・


みんな、後世のためではなく、自分の金と権力ほしさのためにやっている。

僕ら国民は彼らの身勝手さに巻き込まれているのだ。


「今より少しでも良くして後世に引き継ぐために動く」という本来の人生の目的とは真逆を言っていると思っている。


今だけ・カネだけ・自分だけ。これが良くない。

が、そうやって動いている大人たちは意外と多い。


こんな社会を続けていては、苦しむのは僕らの子どもたちであり、それ以降の世代である。

だからこそ、君たちには、純粋な目で、汚い大人、立派な大人、いろいろな社会の形を見てほしいのだ。

そして、自分の生き方を自分なりに決めてほしい。


SNSでフォロワーが多くて目立つ人ばかりが立派な人間だろうか。

彼らの中にもいろいろな人たちが居るのだ。


誰の人生もけなす必要はないしそんな権利はないが、君たちもいろいろな人の人生から学び、自分の生き方を自分で決めることが大事だ。


できれば、いや、必ず投票にも行ってほしい。

投票権は、先人たちが血を流して獲得してくれた権利なのだ。当たり前ではない。

君たちにいつか子どもができたら、彼らにのしかかる負担は今よりきっと増す。

その責任は、何としても変えようと動かなかった僕たち世代にあるのだ。

「自分一人が投票したところで何も変わらない」などと言っていては、政治家たちは僕たち世代の意見をますます取り入れようとしない。

彼らが無視できない存在にならないといけないのだ。


君たちの親御さん達は、命がけで君たちを産み、誰かからの信用を積み上げ、大学に入学できるまで育ててくれたのだ。

それだけで何らかの想いを君たちは受け取れるはずだ。

その感謝を忘れず、さらに後世に何かを繋げられる人間になってほしい。


もし妊婦さんが立っていたら、多少疲れていても当たり前に席を譲ってあげられる人間になってほしい。

それは、君たちが大金持ちになるより大切なことだ。


後世が生きる社会を少しでも良いものにするために生きる、ということを意識すると、自分のやりがいなどにも気づきやすい。


その過程において、「幸せだ」とか「楽しいな」とか思えたら、それはより最高だということ。


仮に偉くならなくても、大金持ちにならなくても、ダサい生き方だけはしないように、と君たちには伝えたい。


僕にとってダサい大人とは、自分のカネや権力のために、周りを犠牲にして平気でいられるような大人だ。


これからみなさんは、就職活動においても、社会人になってからも、この仕事の意味は何だろう。

後世に対して、どのような影響を及ぼしているのだろう。

この会社は口先だけいいことを言っているのではなく、本気だな。

そんな目線で様々な会社を見てみるのもよいと思う。


今は「これだ!」と思えるもの(やりたいことなど)が見つからなくても焦ることはない。

それを見つけようと意識して動いているだけで、いつか自分にしっくり来るものが見つかる可能性は高まる。


2684年という日本の歴史と比較してみれば、人生100年と言えどもほんの一瞬である。


そんな自分の人生をひとつの「点」として捉えたとき、この連綿と続く長い歴史の中で、何を後世に繋ぐことができるか。

何を変え、何を変えずに引き継ぐべきか。

どうせ繋ぐなら、後々の世代が少しでも良くなるかどうかを軸に判断していくようにしてはどうだろうか。


そんなことを軸にして生きるのも、選択肢のひとつである。


これはこれまでの経験から兎澤が行き着いた考え方、根源的な価値観である。

無理して鵜呑みにする必要もない。君たちは君たちなりに、自分の人生の目的、命の意味を見つけてほしい。


P.S.

「株式会社ドットコネクト」という社名は、そんな生き方、経営の仕方を忘れず貫くために付けた。

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