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  • 兎澤直樹

気まぐれ社長コラム No.20「終わり」を意識せよ

*この記事は弊社ドットコネクトの学生アルバイトに配信している「気まぐれ社長コラム」の内容(2024年5月24日)を抜粋して掲載しております。


世の中常に変化していくから、意外と普遍的な「真実」と言えることは多くない。


しかし、「真実」と言えることが少なくとも3つある。


それは、


①人は必ず死ぬ

②人生は1回しかない(今の)

③人はいつ死ぬか分からない


ということだ。


僕の実感として、「終わり」を意識すると「今」を充実させやすいということがある。


重い話をするつもりはないが、究極の「終わり」が「死」なので「死」を例に述べた。


武士道とは何たる生き方であるかを解説した「葉隠(はがくれ)」で言えば、「武士道と云(いう)は、死ぬ事と見付(みつけ)たり」だし、ラテン語の有名な一節で言えば「メメント・モリ(死を想え)」だ。


死だと少し重ければ、僕の身近なところで言うと、子どもたちの成長だ。


我が家の子どもたちはまだ小さいので、しょっちゅう「抱っこして!」とせがんでくる。


重くなってきたからそれなりに大変だ。疲れていれば、「今は抱っこしたくないなぁ」と感じてしまうこともなくはない。


しかし、僕が抱っこしながらいつも思うのは、「抱っこさせてくれるのは今のうちしかない」ということだ。


5才の娘は、あと3年もすれば抱っこなんて恥ずかしくなってきて、させてくれなくなるかもしれない。


そう思うと、今抱っこさせてもらえることがありがたく、愛おしく感じてならないのだ。「今の小さいサイズにはもう二度と戻らないんだよなぁ~!」と、半分泣きそうになりながら抱っこしている。笑


人間はともすると、今の状態が永遠に続くかのように無意識に今を過ごしがちだ。


しかし、今当たり前にやっていることを始め、どんな経験にも必ず「終わり」は来る。必ずだ。


抱っこもいずれできなくなるし、子どもたちとお風呂に入ったり、食事ができる機会も、旅行の機会も、ミニカーやおままごとで遊ぶ機会も限りがある。シミュレーションして計算すれば、おそらく残り回数は意外と多くないと思う。どれだけゴルフや山登りが好きでも、必ずできなくなる「終わり」が来るのだ。


そもそも人間の一生など、ほんの3万日程度のものだ。(3万日で82歳まで生きる)


一生の最初の3分の1である1万日は、27歳4カ月目のときに訪れる。


1万や3万という数字が多いか少ないかは人によるかもしれないが、お金に換算して考えると、1万円や3万円なんてスーパーやホームセンターに行けばすぐに行ってしまう金額であることを考えると、僕は案外少ないなと思う。


江戸時代の平均寿命はだいたい30台半ば~40台半ばだったことを考えると、平均寿命がまだまだ伸びる可能性はあるかもしれないが、それでも肉体は確実に衰えていく。できることもどんどん少なくなる。


そう考えれば、前半の1万日、真ん中の1万日、後半の1万日は過ごし方の戦略をそれぞれ変えるべきだと思っている。


多くの人は、前半の1万日から真ん中の1万日で、せっせと働いて、貯金して、引退後に備えることに大半の時間を費やしてしまう。


しかし、やりたいことがあるならたいていのことは後回しにせず、早い方がいい。


82歳まで生きられるかどうかも分からない(3つの真実のうちの③だ)し、生きられたとしてもできる状態にないかもしれない。


「葉隠」も「メメント・モリ」も、要は「死生観を持って自分の人生や命を懸命に生きろ」ということを言っているのだろうと思っている。


いかに死ぬかを考えることは、いかに生きるかを考えることと同一ということだろう。


終わりがあることを意識せずにいると、人生に後悔を残しやすい。


終わりがあることを意識すると、幸福度や人生の充実度は増しやすい(そういう心理学の研究もある)。


時間や健康の大切さが分かるから、時間の無駄や不摂生を改めなければと思えるから行動が変わる。今の当たり前が当たり前ではないと気付けるからありがたく大切なものだと分かって今を過ごせる訳だ。


今は子どもが小さい(自立できていない)ので、そういう意味では僕も死ぬことは今は怖い(というか「今は死ねない」という感覚)。


しかし、「死」や「老い」そのものを怖がる必要はないと思っている。「死」や「老い」は必ず来るものであり、否定の対象にすべきものではないからだ。


子どもがとっくに自立して、自分も100歳とかに近づいて、呼吸器がないと生きられないような状況で生きながらえたいとは思わない。


別に「死にたい」のではなく、生きるなら充実して自分らしく生きたいのだ。そう生きられないなら寿命だと思っているし、もし若くして脳死になったら、少しでも未来に生きる人たちのために臓器提供の意思表示をして妻にも伝えている。


僕は普段、若い君たちと接してたまに考えることがある。


「若かりし大学生の頃に戻りたいか?」と。


自分の心と対話してみた結果、答えは「No」だった。別に戻りたいとは思わないのだ。


これっておそらく、大学生以降の人生をそれなりに後悔なく生きてこられたということではないかと思ったのだ。


今は真ん中の1万日を過ごしているが、なるべく先回しせずに生きたいと考えている。


そのためにはやはり、「全てにいつか終わりが来る」ということを意識して、今の状態や経験の全てに感謝して、今できることに集中して生きられれば、きっと僕もいつか死ぬとき(いつかは分からないが)に後悔しないのではないかと思っている。


※子どもが自立してくれるまでの期間は例外だが。


P.S.

僕は27、8歳の頃にアフリカ4か国を一人旅して帰ってくる飛行機の中で、世界中旅している博識なスコットランド系(つまり白人)の南アフリカ人に声を掛けられ、色々と会話している中で、「なぜ武士は切腹(その人は「suicide」と言っていたが)したのか?」と聞かれたことがある。僕は武士道が好きなので、その辺りは自分なりの考えは持っていた。それをなんとか拙い英語で説明したところ、一定の理解を得られた様子だった。君たちならなんと答えるだろうか?

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